旅引付と二枚の絵図が伝えるまち〜中世日根荘の風景〜

日本遺産認定記念シンポジウム

左図:宮内庁書陵部蔵「日根野村・井原村荒野開発絵図」 右図:宮内庁書陵部蔵「日根野村荒野開発絵図」

講演会開催中止のお知らせ

令和2年3月13日(金)に泉佐野市立日根野公民館で開催予定の「日本遺産認定記念講演会」に
つきましては、新型コロナウイルス感染症の拡大防止のため、中止となりましたので、お知らせいたします。
楽しみにしていただいたお客様には大変申し訳ございませんが、ご理解とご協力をよろしくお願いいたします。

旅引付と二枚の
絵図が伝えるまち

中世日根荘ひねのしょうの風景

宮内庁書陵部蔵「政基公旅引付」

日本の玄関口、関西国際空港のある泉佐野市には、約800年前、摂政や関白になった上級貴族である五摂家(近衛家・九条家・鷹司家・二条家・一条家)の1つ、九条家の治める「日根荘」とよばれる荘園があり、その範囲は現在の市域すべてに及んでいました。また、16世紀初めに記された九条政基の日記、「政基公旅引付(ひきつけ)」 に描かれる世界は、大木地区の荘園時代以来の農村景観として今も息づき、訪れる人を魅了します。現地に生きる人びとの営みが絶えることなく進化し、維持されてきたこの魅力ある懐かしい風景は、どのようにして作られてきたのでしょうか。その答えの1つが、日根野地区を開発するために描かれた鎌倉時代の二枚の絵図に隠されています。

宮内庁書陵部蔵
「日根野村・井原村荒野開発絵図」
宮内庁書陵部蔵
「日根野村荒野開発絵図」

二枚の荘園絵図

1234年、日根荘が成立します。経営の一番の難題は、広大な未開地の開発でした。1309年、九条家は日根荘の土地調査に着手しますが、その際に作成された二枚の絵図にはきわめて克明に村の水路やため池、寺社などが描かれています。それらは驚くほど現存するものと一致します。